佐伯美香が渡る薄氷の境界線

B3rdは楽しいセットリストだ。『ワッショイB!』に象徴されるような、無邪気さの裏側にある内向きの自画自賛も、あるいは強がってみせることも、賛否はともかく、若さゆえに可愛らしさに繋がっている。公演内で歯抜けするメンバーの分だけ傷つき、だが、その傷を自ら癒しながら逞しくなっている。チームBの成長は確実に感じられる。
もっとも、チームAやチームKより幼く、「伸びしろ」の多い分だけわかりやく成長して見えるから、というのもあるだろう。これは、現在のチームBが面白いと感じる部分の、間違いなく大きな要因のひとつのはずだ。ただしもうひとつ、同じ公式を当てはめられるものある。B3rdで優遇されている研究生の存在だ。なにしろ、「伸びしろ」を考ると、機会に恵まれさえすれば、チームKよりチームBが、チームBよりも研究生が、という具合に、成長がさらに可視化されるからである。

思えば、代役でもない研究生に、アンコール前に自己紹介をさせる扱いは破格のものだ。それはまるで、研究生とメンバーが同じ扱いであるかのようにも受け取れる。見方を変えれば、AKB48全体にとって、チームBの正式メンバーとは、研究生とほぼ同じ「まだまだの」扱いである、といえるのかもしれない。さまざまな経緯があったにせよ、チームAから派遣されたメンバーが、ここまでチームBの主軸を担ってきたのがいい例になる。浦野一美という強力なリーダーの存在も、個々人の和によるチームとしてのまとまりが、未だ途上であるということの、裏返しでもある。

チームBは、チームAやチームKほどの、経験の積んだマルチプレイヤーがいないことによって、もしくはAKB48のそうした戦略によって、ほぼ全ての代役をメンバー間の補完ではなく、研究生に頼っている。また、チームBを応援する層は、研究生を名前付きで観る機会も多く、研究生込みでチームBを熱心に応援する層も多いようだ。代役で出ていなくとも、バックダンサーとして、研究生は存在を認知されている状況である。これは、研究生と競演するチームBの正式メンバーにとって、一筋縄ではいかない複雑さを孕んだ問題ではないだろうか。現に、研究生の台頭を、脅威として感じているメンバーもいるだろう。そして今、そのことを誰よりも意識しているのは、研究生から昇格を果たし、現在怪我と闘いながら公演を続けている「美香ちぃ」こと佐伯美香だろう。

のちに引きずるような怪我を抱えた佐伯は、チーム立ち上げからのオリジナルメンバーではなく、研究生からの昇格組のひとりだ。同じ怪我という括りでも、チームK梅田彩佳や、チームB・松岡由紀のように、長期離脱後の復帰が許されるとは限らない位置にいる。いわゆる生え抜きではない「外様」だからだ。足の具合によっては、チームとしての最良の判断において、AKBを脱退、という可能性も0ではないはずである。そのように区別されたとしても、なんら不思議ではない。ここは踏ん張りどころだと、佐伯自身もそう感じているはずである。
さらに、研究生として上へのし上がることを考えてた過去を持つだけに、研究生に代役を任せたくない、という本音もあるだろう。ここで怪我により離脱となれば、抜擢された2人ユニット『てもでもの涙』を通して、代役の研究生が、一気に存在感を増すことは間違いないからだ。そして、チームBを見守っている層は、研究生を違和感なく受け入れることも容易に予想できる。自分自身がB2ndで築き上げてきたことと、ある意味同じことを、研究生に繰り返されてしまうのだ。

だから佐伯は、痛々しいテーピングして、全体曲の欠場を何曲も重ねながらも、公演に参加し続けているのだろう。その姿からは、掴んだ正式メンバーの座を、絶対に手放さないという覚悟が滲み出ているかのようだ。それが顕著になるのは、前述のユニット曲である。鬼気迫る佐伯の覚悟と、「ゆきりん」こと柏木由紀の豊かな表現力が拮抗して、スリリングで見応えのあるドラマを、見事に作り上げている。逆境によって表現力が磨かれ、それが成長の証しとして輝く瞬間は確かにある。

ただし、再発の危険のある怪我は、チームBの「時限爆弾」である。佐伯の覚悟も、状況次第でチームBの足を引っ張りかねないものだ。わがままと紙一重の覚悟も、そう長く続けられるものではない。リーダーの浦野が、パフォーマンスの質を見極めるかのように、ときおり佐伯を厳しくチェックしているように感じるのは、気のせいではないはずだ。

現在佐伯は、研究生世代の先頭を走る「誇り」と「焦り」を、綯い交ぜに抱えて、研究生から一番に昇格した過去を懸命に振りほどきながら、自らが越えたはずの境界線の上を綱渡りをしているように見える。B3rdは楽しいセットリストだ。しかし、「若さ」とは「加減を知らない」ことでもある。このまま何事もなく千秋楽まで走りきって欲しい。そう願うばかりだ。